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賃貸住宅における入居者同士の騒音トラブル対応の必要性 2023年10月号

2024.03.18

【内容】
「隣室から騒音がひどく夜も眠れない。静かにさせてほしい」という要請を
複数受けています。契約上、近隣問題については、当事者間で解決すべき
特約を設けていますが、そうした場合でもオーナーとして何らかの対応は
必要でしょうか?

 

【回答】
騒音が受忍限度を超えているのにもかかわらず、賃貸人が何らかの対策も

取らずに放置していると、賃貸人は賃借人から損害賠償を請求されるおそ

れがあります。そのため、騒音を生じさせている入居者に対する注意喚起

や、場合によっては当該入居者との間の賃貸借契約の解除も検討する必要

があります。

 

【解説】
1 騒音問題を放置することのリスク
騒音は、近隣紛争において、最も苦情件数の多い類型となっています。
都道府県および市町村(特別区を含む)の「公害苦情相談窓口」において、

令和3年度に受け付けた苦情のうち、36.5%(1万8755件)が騒音に関する

苦情でした。参考事例にあるように、騒音に関してはさまざまな紛争があ

ります。そして、騒音に関する苦情は、近隣住人(アパートであれば入居

者同士)のトラブルが激化すると紛争となり、オーナーの責任を追及され

るおそれも生じます。

 

2 賃貸借契約における賃貸人の義務(隣室騒音の管理責任)について
賃貸借契約上、賃貸人は、賃借人に対して、建物を使用収益に適する状態

で引き渡す義務を負いますが、建物を引渡しただけでは賃貸人の義務を果

たしたことにはなりません。建物の引渡後においても、賃貸人は賃借人が

建物の使用収益に支障が生じない状態を維持すべき義務を負います。
そして、隣室等から生じる騒音が、その音の発生時間や程度、頻度等に鑑

み、賃借人の受忍限度を超えて、貸室の「使用収益に支障をきたすような

場合」には、賃貸人は、これを改善させるべき義務があります。それにも

かかわらず、用法遵守義務違反等を理由とする解約等もあり得ます)を怠

った場合には、賃借人に対する建物を使用収益させる義務を怠ったものと

して、当該賃借人に対する債務不履行となる場合があります。

 

このように、建物の使用収益に支障が生じない状態を維持すべき義務の一

つとして、騒音問題への対処も含まれているものと解されています。

賃貸人は、賃借人が騒音トラブルに巻き込まれていることを知りながら、

改善措置を講じることなく放置した場合には、賃借人から損害賠償請求

を受ける場合がありますので、注意が必要です。

 

3 通常生活する範囲において受忍限度を超えるか
このような、騒音トラブルに関する賃貸人の義務違反に関する裁判例を

紹介します。この事案は、アパートの入居者(賃借人)が、隣室の住人

による騒音被害がある旨、賃貸人に対して苦情を申し入れたものの、賃

貸人が適切な対応をしなかった等として、慰謝料150万円、騒音被害

を被っていた期間中における賃料相当額の損害賠償、および賃料債務の

不存在の確認等を求めて、裁判所に訴えを提訴したものです。この事案

において、賃借人(原告)は、「賃貸人は、賃借人に対して静謐(せい

ひつ)に居住させる義務を負い、他の賃借人が迷惑行為を行っている場

合には、それをやめさせる義務がある。賃貸人(被告)が、隣室の住人

による騒音を放置したことは、賃貸人の義務に違反する」という趣旨の

主張をしました。

 

これに対し、裁判所は、「被告は、原告との本件賃貸借契約上の賃貸人

として、賃借人である原告に対し、本件建物を使用収益に適する状態で

引き渡す義務を負うのみならず、その引渡後においても、原告の本件建

物の使用収益に支障が生じない状態を維持すべき義務を負う」そして、

「隣室等から生じる騒音が、その音の発生時間や程度、頻度等に鑑み、

賃借人の受忍限度を超えて貸室の使用収益に支障をきたしたにもかかわ

らず、賃貸人が、これに対して講ずべき措置を怠ったと評価できる場合

には、賃貸人として、上記の賃借人に対して賃貸借契約に係る物件を使

用収益させる義務を怠ったものとして、当該賃借人に対する債務不履行

を構成するものと解される」と判示しました。
もっとも、裁判所は、本件における騒音被害について証拠を検討した結

果、「ドアの開閉音や収納扉の音、キッチン、フライパンから生じる音

という一般的な生活音である上に、いずれも単発や長いものでも20秒

程度と、その発生時間も極めて短時間であること、同一日に複数回騒音

が発生することがあることもあったものの、一定の時間に集中しており、

継続的に騒音が発生しているというわけでもない」「騒音が聞こえるよ

うになった後に、原告はベッド当の位置を変更するなどの対策を講じて

いない」等の事実を適示し、本件における騒音が通常生活する範囲にお

いて受忍すべき限度を超えるものとまでは認められないと判断し、原告

の請求を棄却しました(東京地裁 平成29年7月20日判決)。

 

4まとめ
前記の裁判例では、騒音が受忍限度を超えたものではないことを理由

に賃借人の訴えは棄却されました。しかしもし仮に、騒音が受忍限度

を超えていた場合には、賃貸人の対応いかんによっては、損害賠償請

求が認容されたかもしれなかったことは、しっかりと理解おくべきで

しょう。


なお、ライブハウスの騒音・振動等の被害が受忍限度を超えており、

賃貸人がそれを知っていたにもかかわらず、これを放置した点に不作

為の不法行為責任が生じるとして、上階の入居者から損害賠償請求

が認められた裁判例もあります(東京地裁 平成17年12月14日判決)。

騒音被害を知った場合に賃貸人が取り得る方策としては

①共用部に注意喚起の文書を掲示する
②問題の入居者に対して直接注意し、是正を求める  

それでも改善しない場合には、
③当該入居者との間の賃貸借契約の解除を検討する
ことも考えられます。
騒音問題を放置すると、賃貸人としての信頼を損ない、訴訟にもつ

ながる可能性がありますので、適切かつ速やかに対応することを

お勧めします。

 

参考事例

〇大阪高裁 平成29年7月18日判決
結果:請求棄却。保育園の近隣住民が、園児が園庭で遊ぶ声等が

うるさく精神的苦痛を被ったとして、運営会社に慰謝料と防音設

備の設置を求めた事案⇒一審では請求は棄却。

控訴審でも、「保育園の騒音は一般社会生活上受忍すべき限度を

超えるものと評価できない」として棄却された。

 

〇東京地裁 令和3年4月23日判決
結果:請求棄却。隣地に生息するカエルの鳴き声で精神的な苦

痛を受けたとして、カエルの駆除と慰謝料75万円の支払いを

求めた事案⇒「カエルの鳴き声は、自然音の一つであり、あえ

て大きな音を発生させるような被告による作為があったなどの

特段の事情がない限り、騒音には該当せず、社会通念上受忍す

べき限度を超えるようなものとはならないと解すべきである」

等として、請求は棄却された。