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契約した居室の清掃が不十分であった等とする賃貸アパートの賃借人の損害賠償等の請求が棄却された事例 2024年10月号
2025.02.20
令和元年9月、Xは、賃貸人である宅建業者Yとの間で、Xの子の通学のために
東京都下の賃貸アパートの1室(本物件)について、月額62,000円で貸借する
契約(本契約)を宅建業者Aの媒介で締結しました。本契約締結に先立ってAが
Xに交付した重要事項説明書や本契約の書面において、Xが退去する際には、
入居期間にかかわらずハウスクリーニング費用(税別5万円)をYに支払う
旨の記載がありました。
その後、Xは本物件の引渡しを受けた際、Yに室内が汚れているとの連絡をし、
これを受けてYの従業員が本物件に赴き、室内の清掃を行うとともに、Xの求
めに応じて残置されていた冷蔵庫や照明器具を撤去しました。
その際にXは、室内の清掃がなされていない状態で引渡しをされたことから、
本契約に定めのある退去時のハウスクリーニング費用の支払いを免除するよう
にYに申入れたものの、Yはこれを拒否する回答をしました。
また、Xは、IHコンロ等の台所設備も故障しており汚損が激しいとして、Yに
その交換を求めました。
後日、Yは内装工事業者とともに本物件を再訪した際にその工事業者から、
当該台所設備は特注品であり補修が困難であるとの見解が示され、Xの要望する
条件も踏まえたものに交換することとし、それを探すのに時間を要したため、
交換作業の完了は同年11月末となりました。
同年12月、Xは、Yが本物件の引渡しに当たり清掃義務を怠った等として
(1)退去時に支払うこととされていたハウスクリーニング費用、
(2)室内清掃への対応に伴う休業補償、
(3)台所設備が使用できなかったことによる損害賠償、
(4)慰謝料等60万円の支払いを求めてYを提訴しました。
これに対してYは、
(1)Xの主張する清掃義務については本契約上定めがない、
(2)前賃借人の退去後に原状回復工事を行っており、清掃不良はなかった
が、穏便に済ますために従業員を派遣する等して対応したに過ぎない、
(3)台所設備の交換は、Xの要望に応じるために時間を要したものである、
等として争いました。
【解説】
裁判所は、次の通り判示した、Xの請求を棄却しました。
~Yの債務不履行の有無について~
賃貸人は、民法第601条の規定に基づき、賃借人に対して賃貸物の使用お
よび収益をさせる義務を負う。
また、民法第606条に規定に基づき、賃貸物の使用および収益に必要な修繕
をする義務を負う。これらに照らせば、賃貸人は賃借人に対し、賃貸物を
使用収益に適した状態において引き渡す義務、具体的には、賃貸物の築年数、
品質、家賃等に照らし、賃借人の居住に支障がない程度に清掃や必要な修繕
を行った上で賃貸物を引き渡す義務があるものと解される。
本件についてみてみると、本物件は建築後30年を経過した建物であり、月額
賃料62,000円で貸借されたところ、Yは前賃借人退去後に原状回復工事を行い、
次の賃借人は居住するには支障がない程度に清掃を行ったものと認められる。
これに対しXは、「台所設備は木部から汚水が染み出して腐食し、虫が湧き、
異臭を放っていた。備付けのIHコンロは作動せず、電子レンジは食品の跳
ねた油まみれ、冷蔵庫は汚水で汚れた綿棒が庫内に残っていた。室内には
ゴキブリがいた」などと主張する。
また、台所設備は交換工事までの約2カ月間、「ゴキブリや害虫による恐怖
により睡眠もままならず、料理も湯沸かしもできなかった。
支払う家賃から想像ができない生活を強いられ、精神的苦痛を被った」な
どと訴えている。
しかし、証拠提出された写真からはこれらが直ちに判別できない上、築後
約30年を経過した比較的家賃の低い建物の内装としては経年変化や通常損
耗としてやむを得ない範囲のものであると認められるものであり、居住に
支障があるとまでいえない。また、IHコンロが作動しなかったと認めるに
足りる証拠もない。
しかも、YはXの求めに応じて、従業員を派遣して追加清掃をした上、Xの
要望の強かった台所設備の交換工事を行ったことが認められるが、これに
ついては、剥げや汚れがやや目立っていたものの、直ちに新品の交換まで
必要な状態であったと認めるに足りない。この点に関し、Xからの指摘箇所
についてYは当初補修を考えていたが、工事業者による下見の結果、補修が
困難であることが分かり、台所設備が特注品であったことや原告の要望する
条件に沿うものを探すのに時間がかかったことが影響して、結果的に交換工
事に時間を要したことが認められる。
従ってその工事完了までに不当に多数の日数を要したともいえない。
以上によれば、Yに本契約上の債務不履行があったと認められず、Xの請求を
棄却する(東京地裁 令和3年7月30日判決)
【総論】
本件は、引き渡された建物の清掃が不十分であった等とする賃借人の請求が
棄却された事例です。
「清掃がされていない状態で建物を引き渡された」、「退去時に賃借人が室内
清掃費用を負担する特約があるのだから、賃貸人も引渡しの際には清掃業者
による清掃を行う必要があるのではないか」といった賃借人からの話を聞く
ことがあります。
引渡しの際の賃貸人の清掃義務に係る裁判例はあまり見られないと思われま
すが、「清掃」の状態(レベル)に関する賃貸人・賃借人の解釈は、時に食
い違うこともあり得ます。本事例においても、「賃貸人は、賃貸物の築年数、
品質、家賃等に照らし、賃借人の居住に支障がない程度に清掃や必要な修繕
を行った上で賃貸物を引き渡す義務がある」と判示されており、参考になる
かと思われます。
athome TIME 10月号転記